自分が亡くなったときに遺産を誰にどのように相続させるか、その意思を形にしたものが遺言書です。
公証役場で公証人に作成してもらう公正証書遺言の作成件数について、平成16年は66,592件でしたが、平成26年には、104,490件となっており、10年間で約1.6倍増加しています。
さらに、この件数は公正証書遺言のみの件数で、自筆証書・秘密証書遺言なども含めると、もっと多くなります。
昨今の「終活」ブームや、相続人同士で争う「争族」防止のため、今後も遺言書の作成件数が、急増していくことは間違いないと予想されています。
※平成30年の民法改正で遺言執行人の権限が明確化されました。
☆☆参考☆☆遺言の基本的ルールはこちらから
◆今さら聞けない、遺言を準備する前に知っておきたいルールとは
遺言執行者の必要性
「争族」防止のために遺言書を作成しておいたからといって、必ず遺言書通りに遺産相続されるとは限りません。
例えば、銀行預金の名義変更手続きなどの際に、遺産分割の際に相続人全員が合意したことを示す書類を求められることがあります。この時に、相続人のうちの1人が「その分割には合意できない」となると、遺言の実現は、難しくなります。
では、どうしたらよいのでしょうか?
遺言の内容を確実に実現させる1つの方法として、遺言執行者を指定しておくことが挙げられます。
遺言執行者を指定しておくと、相続人の中で遺言の内容に反対する者がいたとしても、遺言執行者の権限で手続を進めることができます。
それでは、遺言執行者について詳しく見てみましょう。
遺言執行者とは
遺言執行者とは 遺言者が死亡し、遺言の効力が生じた後に遺言書に書かれた内容を、その通り実行する者のことです。
※平成30年の民法改正・・・自筆証書遺言の方式緩和(この改正は2019年1月13日から施行)
財産目録を別紙として添付する場合に限り、自書を不要とすることとされました。
代わりの作成方法としては、従来の自筆部分をパソコンで作成した書面のほか、登記事項証明書や、預金通帳のコピーを添付する方法が挙げられています。
※なお、別紙の全てのページに署名・押印をする必要があります。
1. 遺言執行者の指定方法
1-1 遺言書においてあらかじめ指定しておきます。
遺言執行者の指定は遺言で行う必要がありますが、方式は問いません。例えば、遺言に次のように記すことで指定することができます。(あくまで一例です。)
公正証書遺言の場合は、記載されていることがほとんどですが、自筆証書遺言の場合には記載されていないことも多く見受けられます。
1-2 家庭裁判所で選任してもらいます。
次のような場合には、家庭裁判所で遺言執行者の選任手続きが必要です。
- 遺言書に遺言執行者が指定されていない場合
- 指定された遺言執行者がすでに亡くなっている場合
- 指定された遺言執行者が辞退した場合
申立てができる人は、利害関係人(相続人、遺言者の債権者、受遺者など)です。
2. 遺言執行者を指定できる人数
遺言執行者は、1人でも複数人でも指定可能です。
また、その指定を第三者に委託することもできます。
3. 遺言執行者の役割
遺言執行者は、相続財産の管理をはじめ、遺言の執行に必要な一切の行為を行う権利義務を有しています。
それぞれのケースにより異なりますが、遺言執行者の主な職務は次の通りです。
※平成30年の民法改正で、個別の類型における遺言執行者の権限を規定
・遺産分割方法の指定で承継する遺言(特定財産 承継遺言)がされた場合、対抗要件具備のための行為(登記申請等)ができる。
・預貯金が遺産分割方法の指定で承継された場合、対抗要件具備(通知・承諾)、預貯金の払戻し請 求、預貯金契約の解約の申入れができる。
・やむを得ない事由の有無にかかわらず、第三者への再委任(復任)ができる。
4. 遺言執行者になれない人
民法において「未成年者及び破産者は、遺言執行者となることができない。」と定められています。
逆にいいますと、未成年者及び破産者でない相続人や受遺者は、遺言執行者になることが可能です。
しかし、遺言書の内容や相続人の状況によっては、相続人が遺言執行者となると、公平性を欠くことになり、トラブルのもとになる可能性もあります。そのようなことが予想される場合には、第三者や、銀行、弁護士、司法書士などの専門家に依頼することもできます。
5.遺言執行者の辞退と解任
辞退できます。
遺言執行者を定めたとしても、指定された者が当然に遺言執行者になるわけではありません。指定された者は遺言執行者の就任を辞退することも可能です。
解任もできます。
任務を怠ったとき、又は解任を正当化する理由があるときには、遺言執行者を解任されることがあります。
遺言を書いたからといって、必ずしも遺言執行者を指定しなければならないわけではありません。ただし、遺言執行者が必要なケースが3つあります。次の3名の事例をもとに説明します。
遺言執行者が必要な事例1
Aさんには、愛人との間に子どもがいますが、認知していません。しかし、Aさんは、その子どもにも遺産を相続させたいため、遺言書にその旨記そうと思っています。
【解説】遺言書で子の認知をするとき
遺言書で子の認知をするときは、遺言執行者が必要です。
認知とは、法律上の婚姻関係がない男女の間に生まれた子(非嫡出子といいます。)を、その父が自分の子であると認める行為です。なお、母と子との間は、出産によって法的な親子関係が当然に生じるため、認知は必要ありません。
非嫡出子は、認知されていれば相続権があります。認知されていなければ、法的には子ではないため、相続権が認められません。
遺言書で子の認知をする場合、遺言執行者のみが手続をすることができます。市区町村に戸籍の届出をします。
遺言執行者が必要な事例 2
Bさんには、息子が二人います。長男は頻繁に帰省して面倒をよく見てくれます。しかし、二男は、Bさんに対する暴言・暴力があり、日々悩んでいます。
Bさんは、二男を相続人から廃除する旨記載した、遺言書を作成しようと思っています。
【解説】遺言書で相続人の廃除、又は廃除の取消しをするとき
遺言書で相続人の廃除、又は廃除の取消しをするときは、遺言執行者が必要です。
相続人の廃除とは、被相続人の請求又は遺言により、遺留分のある推定相続人(兄弟姉妹以外の推定相続人を指します。)の相続権を剥奪する制度です。
相続人の廃除は、手続を行えば必ず認められるわけではありません。廃除をしようとする相続人が、次のいずれに該当し、家庭裁判所が審判を下すことで廃除することができます。
- 被相続人を虐待した場合
- 被相続人に重大な侮辱をした場合
- 廃除しようとする相続人が著しい非行をした場合
遺言書で相続人の廃除、又は廃除の取消しをする場合、遺言執行者のみが手続をすることができます。家庭裁判所への申立てを行います。
遺言執行者が必要な事例 3
Cさんは、独身で子どももいません。したがって、Cさんが死亡した場合、相続人となるのは、Cさんと年の離れた兄だけです。
Cさんは、自分が亡くなった場合、自分が築き上げた財産を慈善活動に役立てたいと考えており、一般財団法人を設立して、奨学金財団として運用したいと遺言に記そうと考えています。
【解説】遺言書で一般財団法人を設立しようとするとき
遺言書で一般財団法人を設立しようとするとき、遺言執行者が必要です。
一般財団法人とは、「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」に基づき設立される法人で、設立者から寄贈された財産の集合体に法人格が与えられたものです。
設立しようとする者が、300万円以上の財産を拠出し、登記をすることによって設立することができます。
遺言書で一般財団法人を設立する場合、遺言執行者のみが手続を行うことができます。
遺言者は、遺言書で一般財団法人を設立する意思を表示し、定款に記載すべき内容を遺言で定めます。
遺言執行者は、遺言に基づいて定款を作成して、公証人の認証を受けて、財団法人成立までの必要な事務を行います。
遺言執行者が必要なケースに該当しない場合であっても、相続人間の人間関係や、相続人が多数存在する場合、相続人の協力を得られにくい場合なども、あらかじめ遺言執行者を決めておいた方が良いでしょう。
遺言執行者を指定するメリット
前述の遺言執行者が必要なケースに該当しない場合であっても、遺言執行者を指定しておくと、次のようなメリットがあります。
1.遺言の内容を確実に実現できる
遺言書を作成しても、相続人同士のトラブル等で、遺言の内容が執行されないおそれがあります。
遺言執行者を指定しておくと、遺言執行者は、全ての相続手続きに関して、単独で行う権限を持っているため、遺言の内容を確実に実現することができます。
したがって、他の相続人が勝手に財産を処分したり、手続を妨害するような行為を防ぐことができます。もし、相続人の一人が勝手に財産を処分した場合、その行為は無効です。
2. 相続手続がスムーズに進行する
相続手続きの中には、預貯金の名義変更等、相続人全員分の署名・捺印が必要なものがあります。このような手続も、遺言執行者が単独で行うことができるため、手続がスムーズに進みます。
3. 相続人同士が争いそうな場合に備えることができる
遺言書の内容によっては、相続人の間で争いが起こる可能性があります。
遺言執行者が指定されておらず、相続人のうちの一人が「遺言の執行に協力しない」との申し出があった場合、遺言を執行することはできません。
遺言執行者が指定されていれば、遺言の執行に全ての権限を持っているため、遺言を確実に執行することができます。相続人もその執行を妨げることはできません。
遺言執行者を指定するデメリット
1.弁護士等の専門家を遺言執行者として指定する場合、報酬が高額となる可能性があります。
遺言執行者の報酬は?
相続手続きスムーズに勧めるために遺言書作成時に、遺言執行者の報酬額をあらかじめ定めておくことができます。
指定がない場合は、遺言執行者と相続人全員との話合いで報酬額が決定します。
遺言執行者と相続人間で報酬額が決められない場合は、家庭裁判所が報酬額を決定します。
銀行、弁護士などの専門家に依頼した場合、相続財産の何%、最低金額何万円~という設定がされているところが多いようです。
まとめ
遺言書の作成件数について、公証役場で公証人に作成してもらう公正証書遺言は、平成26年に10万件を超えました。今後もこの作成件数は、急増すると見込まれています。
しかし、遺言書は、残された相続人がその内容に従って手続を進めなければ、実現することはできません。この問題を解決する方法の1つが遺言執行者の指定です。
仮に相続人のうちの1人が遺言書の内容に反対したとしても、遺言執行者を指定しておけば、遺言執行者の権限で相続手続きを進めることができます。
しかし、遺言執行者の指定にあたって、注意すべき点もあります。遺言執行者のポイントをおさらいしましょう。
遺言執行者を誰にするかによって、さらなるトラブルとなる可能性があります。
例えば、相続人のうちの1人が遺言執行者の場合です。公平性を欠くことになり、他の相続人から遺言書の信憑性まで疑われるおそれがあります。
遺言執行者は、利害関係のない、第三者や、銀行、弁護士、司法書士などの専門家に依頼しておくと、手続がスムーズに進められるでしょう。
ただし、専門家に依頼する場合には、高額な費用が発生する場合もありますので、事前に確認が必要です。
遺言書の内容によって、遺言執行者を指定しておかなければならない場合があります。
次のようなケースです。
- 遺言で子の認知をする場合
- 遺言で相続人の廃除、又は廃除の取消しをする場合
- 遺言で一般財団法人を設立しようとする場合